中学二年の春、
わたしは嫌がらせを受けて不登校になりました。
きっかけはいわゆるイジメなのですが、
イジメる側もずる賢く、原因を伝えてきません。
行為も止めるほどではないが心を抉る程度に調整されていました。
振り返ってみれば、その行為に負けた原因は過去にあり、
その性格、悩み、人間関係等、
複雑に過去の出来事が重なりなるべくしてなったとも言えました。
当人には原因がわからないのです。説明できないのです。
イジメは善悪の単純な関係、としか教えられてないのですから。
周囲はある人はやり返せといい、ある人は無視しろといいます。
イジメる側は、やり返したら、
徐々に強くやり返すと言いました。
そしてそちらが先に過剰な行為をしたことにすると言いました。
無視をすれば、無視できないように慣れないように、
方法を変えてやり続けます。
当人になぜかと聞けば、楽しいからと返ってきます。
止めることも、止めてもらうことも出来ません。
次第に感情は不安定になり、そうなればなるほど、
相手はまともに振る舞いやすくなりました。
ついには休んでしまいます。
しかし正しく説明ができないのです。
周りもなぜその程度で?としか思いません。
当人にとってはアナフィラキシーショックで瀕死でも、
周囲にとってはハチの弱い毒でなぜ?としか映りません。
当人は追い詰められ、
暴力に晒された非日常であっても、
周囲は日常のままでした。
なので不登校は異常であって、やめなければと、
当人は周囲との温度差で更に追い詰められていきます。
そうなってしまえばまともに頭の中で予定も立てられません。
当人にとって自分の部屋でさえ非日常の異世界なのです。
ストレスの原因が伝わっていなければ、
ストレス発散の行動も周囲からは異常行動です。
日常に戻れと親や周囲の圧力も増していきます。
きっかけは夏季休暇。
終業式も出れないのを見て、親が先に諦めました。
そして、明日の出席の話ではなく、
もっと先の、高校を諦めた場合どうしていくかという話に変わったのです。
そして丁度長期休暇でも有るし、
授業が再開しても、
すべて選択を自由に自分で決めていいと伝えられました。
その日から頭の中が静かになり、
貧乏ゆすりや、階段や電話の音に怯えることもなくなりました。
そのちょっとした余裕があるだけで、
他人の感情が読み取れ、教師が心配している事もわかるようになりました。
干渉はこの段階でようやく意味を持ち、
不登校で生じた周囲とのマイナスをどう取り戻すかではなく、
自分になにか出来ないかに変わりました。
それまでの不登校は休んでいるのに休めていなかったのです。
そしてとことん休んだ結果、
ここまで休んだら、
逆に登校時の反応が気になるという興味に辿り着きました。
親に殴られても、自分の意志のせいで登校しなかった人間が、
自分の意志のおかげで登校したのです。
余裕のない人間に、愛の鉄拳はただの暴力。干渉は圧力。
余裕のある人間に、無関心は無気力へのいざない。
わたしは不登校をしっかりとさせてもらい、
それでも見捨てられなかったおかげで今の日常があります。
不登校の体験談を引き続き募集しています。(当事者や保護者など)書き方マニュアルを作っていので書きやすいと思います。詳細はこちらの記事を。
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