小学4年のころ友人としょっちゅう喧嘩していて教室は入れない日々続きました。
5年生で一度立て直しましたが。6年生となり担任と馬あわなくて教室に足運んだことかぞえるぐらいです。そして今となって本出版した利数百人の前で講演したりアフリカで働くなど社会から一定評価もらえる人になったわけですが、私も小学生の時不登校児でした。
そして、小学3年生の夏、昼休み友人数人とサッカーしていた時ひょんなことが原因となり喧嘩始まって、僕耐他人全員で口論する状況になりました。
エスカレートすればいじめにもつながりかねない状況ですが、まあこれぐらいのこと小学生ならよくあることです。そして原因ははっきり覚えてないですが、たぶん私がわがままな振る舞いか、それ気に入らない子がいたか、そうした感じの原因です。
そして、それまで他人の子たちと何ら変わることなく毎日授業受けていましたが、その時ばかりどうしてか休み時間終わっても教室戻れませんでした。
代わり廊下ふらふらしたり空き教室でだらけたりしました。また、4年生となれば本格的不登校になりました。私は小学生の時期からめたちたがり屋であり、思い通りにならなくては気が済みません。そうした私が4年生で進級して同じぐらい目立ちたがりの子と一緒のクラスとなり、彼と何度も結果しました。
そして、上履きのまま学校飛び出したこと何度もあり、教室入れなくなって、代わりに保健室に通う日いです。そして、教室入れなくて廊下ぶらついていたら担任が無理やり手を掴み、教室にっぱり入れました。
私は嫌でない手、30人以上のクラスメイトがその様子を呆然と見ていたのです。恥ずかしさ、屈辱でその時死にたくなって、こうした経験あったからか教室に僕の居場所がないと思って、不登校はエスカレートしてきました。そして、4年生で本格化した不登校生活、5年生時に恩師と呼ぶべき素晴らしい先生と会えて、ちょとずつ教室入れました。
ときどき友人と喧嘩した時さぼっていたこともありましたが、6年生と案れば私は完全な不登校生になりました。
何よりの原因は担当先生との不仲。僕は小学生ながら納得いかないこと許せなくて、それなり生意気な人でした。視点変えれば自我強い子だったのでしょう。ですが、6年生で担当になった先生は相手が小学生でも構わず物申すタイプであり、今度は先生と何度も喧嘩に。そして、6年生で学校通った思い出はほとんどありません。
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